★猿が見たCDとレコード★

制作・著作  中古CD 中古レコードの販売と買取り【CODA】


 1982年コンパクト・ディスクが登場してから、アナログ・レコードは衰退の一途を辿りました。
 1990年ほとんどのレコード会社はアナログ・レコードの砦を放棄撤退し、もはやこれまでアナログ一族は滅亡かと思われましたが、 どっこい20余年後の現在しぶとく生き残っています。
 そして、そのアナログで細々と食いつないでいるのが、我々野武士中古レコード屋です。

 アナログとCDの戦いは続いています。
 レコード愛好者は漏れなく“レコードの方が音がいい”と言います。  しかし、レコードはその構造上、余程神経質に扱わなければプチプチというノイズを避けられません。
「ほれみろCDのほうが音がいいに決まってる」と、CD側は鼻で笑います。

 一人勝ちに見えるCD陣営でも"高音質"を旗印に内部抗争が激化しています。
 同じ作品を、「いい音」を連呼しつつ手を変え品を変え果てしなく再発売が繰り返されています。

 そもそも“いい音”て何でしょう?

 徹底的に、調べてみました。  


目次

はじめに
***
レコードとCDには音がない
音の波
メガ・ヒッツとミリオン・セラー
音を写す
***
デジタルとアナログ
***
デジタルという名のCD
デジタルという名のCD(U)〜二進法
デジタルという名のCD(V)〜補正
***
アナログという名のレコード
***
対決!CD対レコード(T)
対決!CD対レコード(U)〜“いい音”って何だ?
対決!CD対レコード(V)〜リマスター
***
“高音質CD”の落とし穴(T)
“高音質CD”の落とし穴(U)〜デジタル・リマスター
***
もう一度〜“いい音”って何だ?
***
おわりに
●はじめに●

 皆様は、ムカつくことはありませんか?
 今や、ネットで殆どのことが調べられます。
 難解な専門用語を検索すると、多くの解説が羅列されますが、その解説文に更に難解な専門用語が並んでいて、 結局何もわかんないじゃんきいっと癇癪おこしたことはありませんか?
 私は、あります。
 しょっちゅうです。
 精神衛生上よろしくありません。

 だから、これは一つの挑戦です。
 "誰でも判る"を最優先課題とし、読まれた方が"難解"と感じられたら私の負け。理解されたら私の勝ちです。

 尚、高度な専門知識を披瀝する意図はなく、筆者には残念ながらそんな知識も能力もありません。
 あくまで、皆様が一般的に見たり聞いたりする表記、事象についての謎や不明瞭や誤魔化しに対して、砂場のスコップ程度で穿り返すことを目的とします。
 つきましては、若干不謹慎不穏当な表現が含まれる場合がございますため、 理科系知識豊富な方、若しくはフザケた奴が嫌いな方は閲覧をご遠慮頂きますよう、お願い申し上げます。

 さあ、試合開始です。
 ※表題は“猿が見た”としていますが、現状猿が文字を認識できるという研究発表はなく、現実的に猿が理解することは困難だと思われます。
"猿並の頭脳"と言われる筆者が理解する範囲での解説いたしますため、比喩として表記しているに過ぎず、もちろん筆者は猿ではありません。  


●レコードとCDには音がない●
目次

 "レコード"とは元来記録物全般を指しますが、CDとの区別を図る意味において、本文ではアナログ・レコードに限り"レコード"と表現いたします。
 グルグルと溝の有る黒いプラスチックの円盤のことで、片面に溝は何本あるのかと問われれば、螺旋状の1本です。
 そもそも、レコード盤なぞ見たこともないという若い衆が増えています。時の流れは悲しいですね。
 CDとは、ここでは音楽用“コンパクト・ディスク”を指し「なんじゃそりゃ、そんなん知らん」という人は、 既にここまで読んでいないでしょうから、放っておきましょう。

 誰かの歌や演奏を録音して、違う時間に別の所で復元再生するという意味において、レコードもCDも、広義でのコピー製品です。
 しかし、レコードCDもその中に“音”は入っていません。
“音”には目に見える形がないからです。

「おみゃぁ、アホか」
 誰か来たようです。
「君は誰かね」
「“とことん兄さん”だがや。文句あるか」
「いや文句はない。文句を言っているのは君の方だ」
「そうだ。ならば言おう。刑事ドラマの声紋検査とかで、画面に波を出しとるがや。あれが音の形だにゃぁんか。何も知らんくせに、エラそうに講釈たれてんじゃねぇぞ。たわけ」
 お言葉を返すようだが、アホは君だ。
 じゃあ聞くが、君はCDを耳にあてて音楽を聴けるか?レコードを指でなぞって、歌がわかるか?
 出来ないだろ。ほれみろ。何?出来る? うそこけ。

 画面に出てくる波は、電気変換された信号が描く動画に過ぎず“音”ではありません。
 あの波を見てるだけで音楽を楽しめるのは、オカルト界の超能力者だけです。
 目に見えない“音”は“波”に画像化することでコピーできるのだよと、1877年にエジソンが証明しました。

  これからも、世間の代弁者として"とことん兄さん"が登場するようです。口は悪いけど根性も捻じ曲がっているので、遠慮なく後ろ指さしてください。
 尚、この男にはモデルがいます。


●音の波●
目次

 今さらながら“音の波”について確認しておきましょう。

 人の口やスピーカーや尻の穴などの音の発信源は、自身が震えることで空気を揺らせ、その振動が空気を伝わり、 耳の鼓膜を揺らすことで“音”として認知できるのです。
「あ、誰か屁こきやがったな」と気がついた時は、誰かの尻の穴と自分の耳が、空気を伝わって同じように震えたからです。
 しかし、それはリアルタイムに限られ、例えば今日、ケツに容器をあてて屁をこいて密封し、明日蓋を開けても音はしません。臭いだけでしょう。

 空気を伝わる“音”は、目には見えませんが“波”になっています。
 “波”は文字通り海の波と同じで、上がればほぼ同じだけ下がり、上下動一回で元の位置に戻った時点を『一周期』とし、専門的には『1Hz(ヘルツ)』と呼びます。
 ジャンボ・バイキングに例えるなら、乗車位置から前に大きく振れてきゃぁと叫び、次に後に振れてぎゃぁと絶叫し、 次に乗車位置を通過する所までが『1ヘルツ(周期)』ということです。
 ジャンボ・バイキングは同じ場所を往復しているので、一定時間毎に連続写真を撮って並べれば“波”が確認できるでしょう。

   そして、1秒の間に何回揺れたかを勘定したのが『周波数』というものです。
 長島スパーランドのジャンボ・バイキングを計測してみたら、1往復に約10秒かかっていましたので、1秒あたりは0.1。つまり周波数は0.1ヘルツです。
 ついでに、時計の秒針を見ながら、周波数1ヘルツのジャンボ・バイキングを想像してみましょう。
 1秒間に1往復のジャンボ・バイキングに乗船すれば、おそらく全員船外に吹っ飛ばされるか、ゲロ吐くでしょう。

 "音の波"としてみた場合、波が元に戻る時間が長ければ(ゆっくり揺れれば)低い音で、早く戻れば(早く揺れれれば)高い音に聴こえます。
 何故かは知りません。普通の人にはそう聴こえるように神様が決めました。
 1秒の間に10回揺れれば周波数は“10ヘルツ”です。
 数字が大きくなれば『高周波』、これが音なら『超音波』とも呼ばれ、時々宇宙人や悪い科学者が悪いことに使っています。

 1967年に日本で大暴れした“ギャオス”という怪獣は、口から9000000(9百万)ヘルツの超音波を吐き出しました。
 一秒間に9百万回の空気の振動は、いろんな物をぶった切る威力があるらしく、 いろんなものをスパスパと切りまくって人類に迷惑をかけたので、ガメラに退治されました。

 因みに、音波歯ブラシの振動数は200〜300ヘルツ(Hz)。一秒間に300回ブラシを震わせています。
 超音波歯ブラシは1600000(160万)ヘルツ(Hz)。この程度なら、口の中が切れて血まみれになる心配はありません。

 1秒で10回程度(10ヘルツ)の振動なら目に見えないこともありませんが、これはまだ普通の人間は“音”として認知できません。

 音の出るギターの弦を見てみましょう。
 一番低い(太い)弦をビヨーンと弾いても、弦が揺れた数なんて勘定できないでしょう。
 音は“E=ミ”で約82ヘルツ(Hz)と決まっているので、一番太い開放弦はいつも、一秒間に82回揺れているのです。
 人が“音”として聴こえるのは20ヘルツから20000(2万)ヘルツの間とされています。これも神様がアダムとイブをそういう風に作りました。
 一秒間に20回の振動は、驚異の動体視力を持つアスリートなら目視可能かもしれませんね。
 正常な人間なら、辛うじて地の底から響くようなボワンという低音として聴こえる筈です。

 参考までに、楽器調律の基とされる“A=ラ”は、世界中で440ヘルツにすると1939年誰かが決めました。
 音楽的には、周波数が倍になると(一つの波の長さが半分=一秒間の山と谷の数が倍になると)、音程はオクターブ上の同じ音になります。
 “オクターブ”とは、高さの違う同じ音のことです。
 1990年代日本の音楽界を席巻した“小室系”のカラオケで男が歌う場合、オリジナル歌手よりオクターブ下でなければ血管が切れます。

 一般的なギターの5弦をそのまま弾くと“ラ”で、世界基準の“ラ”から2オクターブ低い“ラ”です。
 だから、5弦をビヨンと弾いて一秒間に110回振動していればカラヤンも認める正確な“ラ”の音程ということになるわけです。
 (基準“ラ”より2オクターブ低い“ラ”なのので基準440の半分の220の、更に半分で110です)

 上限の20000(2万)ヘルツとは、鼓膜を一秒間に20000回揺らす振動で、絶対眼には見えませんし、触ってもほとんど感知できません。
 そんな振動に耐える鼓膜って、逞しいですよね。
 夜中に突然高田の顔を見た女性の悲鳴より遥かに高く、聴こえる高音ギリギリの「キーーーン」という音です。
 世の中には、それ以上の激しい空気振動も存在し、鼓膜ももちろん振動をしていますが、聴覚が“音”として認知できないだけなのです。
 そこのところが、後で大きな意味を持ってくるから覚えておいて下さい。

 犬は50000(5万)ヘルツまで、蝙蝠に至っては200000(20万)ヘルツまで“音”として聴こえるんだそうです。
 日常が、キンキンとさぞ喧しいことでしょう。

 波の高さが単純に“音の大きさ”です。  波の最上部から最下部までの幅を『振幅』と呼び、広いほど大きな音ですが、波の長さが変わらない限り音程には一切影響はありません。


●メガ・ヒッツとミリオン・セラー●
目次

 いきなりの長文で、少々疲れましたね。
 ちょっと休憩しましょうか。

「おう、一寸いいかい?」
 とことん兄さんが来たようです。
「何ですか?忙しいんですが」
「近頃、ミリオン・セラーがねぇだろ」
「CDが売れてませんからね」
「でも、たまにメガ・ヒッツてのが出てたぞ。昔はそんなん聞いたことなかったがや」
「ああ、そういう意味ですか」
「どんな意味だよ。何を企んでけつかる、貴様」
 彼の疑問を取っ掛かりに、これからのために単位記号について述べておきます。

 確かに彼が言うように、20世紀ではバカ売れした商品を“ミリオン・セラー”と喧伝していました。
 文字通り英語の“ミリオン=百万”の意味で、百万枚以上売れたことを意味します。
 いつしか“メガ・ヒット”という宣伝文句が一般的になりました。これも、まったく同じ“百万”を意味します。
 “ミリオン・セラー”も“メガ・ヒッツ”もまったく同じことです。
「だったら、何でいちいち変えるんだ。面倒臭え」
 何故変わったのかよく知りませんが、おそらく当時のチャラけた宣伝部員が
「ね、部長。“ミリオン”よか“メガ”の方が、なんとなく恰好よくねぇすか?」
 などと、進言したのではないかと、勝手に想像しています。

 実況公演、コンサート、リサイタル、ライヴ、ギグ、パフォーマンス・・・
 厳密に言えば定義の違いはあるのでしょうが、見るほうは違いがわかりませんし、わからなくても困りません。
 お洒落ならば、いいのです。

 話を戻しましょう。
 数量単位の呼称について、面倒臭いのは事実でしょう。
 外国映画などを見ていて「身代金はテン・ミリオン・ダラーズ用意せい」とか言われても、 “それは日本円でいったいいくらなの?”と戸惑い、物語の緊迫感に温度差が生まれます。

 日本では、十、百、千、万、億、という具合に桁を上げます。
 外国では、ハンドレッド(百)、サウザンド(千)、ミリオン(百万)、ビリオン(十億)〜
 外国ではもう一つ、キロ(千)、メガ(百万)、ギガ(十億)〜  大きく二種類の単位表現が混在しています。

   日本の“万”や“億”に対応する英語の呼称がないので、苦労しますよね。
 先の身代金“テン・ミリオン・ダラーズ(10,000,000)”とは、テン(十)をミリオン(百万)で、1千万ドルてことになります。
 英語では10,000,000(10ミリオン)を、日本語で1,000万ドルと書けばカンマの位置が変わるので、ややこしくなるのです。
 レートを単純に1ドル百円換算すれば、1,000万ドルX100円で、10億円ですね。

 よく見れば、外国表記の方が便利ではあります。
 例えば、宝石店の値札“1,000,000,000”は、右の“0”から「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん〜」と、 順番に辿らなければ最終的な金額がわかりません。少なくとも、筆者はいつもそうしています。
 外国は、このカンマを基準に単位呼称があるので、三つ目の点だから「ワン・ビリオン円」又は「ワン・ギガ円」と即座にわかるのです。
 誰が買うのか知りませんが、この宝石は“10億円”です。

 “100,000,000”は二つ目のカンマ(ミリオン)に百(ハンドレッド)が乗っかってるので「ワン・ハンドレッド・ミリオン」というわけです。因みにこれは“1億”です。
 「ワン・ハンドレッド・メガ」と言い換えても、意味は同じです。

   最も馴染みの深い“長さ”や“重さ”は “km(キロ・メートル)”“kg(キロ・グラム)”
 ご存知の通り、1000m(メートル)と1000g(グラム)です。
 サウザンド・メートルとか、サウザンド・グラムでも意味は同じですが、そうは言いません。
 逆に、誘拐犯は「身代金テン・メガ・ダラーズ払え」とも言いません。
 メガとミリオンを、どう使い分ければいいのかよく知りませんが、データ数値では概ね“キロ、メガ”が主流のようです。

 CDやレコードも1000(千)枚売れれば“キロ・ヒッツ”てことです。
 2,000,000(2百万)枚売れれば“ダブル・ミリオン”と言われ、“ダブル・メガ・ヒット”とは聞いたことがありませんが、間違いではありません。
 1978年堀内孝雄の“君の瞳は10,000(1万)ボルト”は“君の瞳はテン・サウザンド・ボルト”で、同じく“テン・キロ・ボルト”です。

 1KHz(1キロ・ヘルツ)は1,000Hz(千ヘルツ)です。
 1MHz(1メガ・ヘルツ)は1,000,000Hz(百万ヘルツ)てな具合になります。
 データ数値を見る際は、ほとんど見にくい単位表記の“K”や“M”の有無で、桁が文字通り3つも違うので注意が必要です。

   この先出てきます、コンピューターの数値単位“ビット(bit,b)”や“バイト(byte)”につきましては、 別の換算方式があり、1キロ・ビット(1Kbit)が正しく1000ビット(bit)にならない場合もありますが、理屈がやや難解な上これからの解説に影響がありませんので、 特有の数値換算についてはとりあえず無視することにします。
興味のある方は各自お調べ下さい。

「何でぇその“ビット”とか“ペット”とかはよぉ。ムツカシイことを言うんじゃねぇよ。エラソウニ」
 ビットやバイトにつきましては、後ほどまたお会いしましょう。
 とことん兄さん以外の方も、その日まで、忘れて頂いて構いません。


●音を写す●
目次

 “音の波”について話を戻します。
 目には見えないながらも“音”が“波”であることは、なんとなくご理解いただけたでしょうか。
 “波”ならば、理論的には画像にすることが可能です。

 余談ですが、音を画像化せずに“音の波”のまま遠くへ伝達する技術はあります。
 糸電話です。
 空気を揺らす“波”は、いろんな障害で次第に小さくなりやがて消えるので、遠くの音は聴こえません。
 糸は、空気よりエネルギー保存力が高いため“音の波”のまま、空気より比較的遠くへ音を伝えることが可能ですが、 やはりその場限りの刹那的技術であり、保存や複製はできません。

 画像にできれば、保存複製は容易です。
 極端に言えば、コンビニの十円コピーでもできます。

 先にも述べましたが、『周波数』は1秒間の波の数ですから、ここではわかりやすいように1秒間の“音の波”を一枚の画像と考えてみましょう。
 人間が“音”として聴こえる限界が周波数20KHz(20000ヘルツ)なので、例えばずっと最高音が「キ〜〜〜ン」となり続ける場合は、最大で1枚に2万個の“波”を描かなければならないということです。
「そんなん、日が暮れちまうわ」
 いえいえ、とことん兄さん違います。
 手間や所要時間の問題ではなく、聴いた音を“波”にすることが、そもそも人間には不可能なのですよ。
 又、以前も申し上げたように、“波の絵”を見て音がわかる人間もいないのですよ。
 人間の能力の問題ではなく、理屈として一秒間に2万の波が必要ということです。
 理屈はわかっても、人間の能力の壁にぶち当たって、エジソンが蓄音機を発明した、のかもしれません。

 そんな絶望的に細かい振動を、実際に波の画像化するにはどうしたらいいのでしょうか?

 鉛筆持って、先っぽに「わあ」と怒鳴っても、鉛筆はピクリとも動かないでしょう。手で固定しているからです。
 音の波は、殆ど力がありません。しかし、ゼロでもありません。
 喧しいコンサート会場の最前列のスピーカーの前で、唸る轟音に髪の毛や肌が揺れた経験はありませんか?それこそが、音の波の威力です。
 音の振動より柔らかい物に叫べば、物は揺れますが、画像を描く力にはなりません。
 高田に肩を叩かれ振り向いた女性が絶叫すれば、ガラス窓が激しくガタピシ鳴りますが、窓に絵を描かせるのは難しいでしょう。

 小さく儚い振動を、逞しい筋肉質の力に代えるため、ここに颯爽と救世主が現れたのです。

 君は覚えているでしょうか、ジョン・フレミングという男を。
 中学の教科書で出会った筈です。
 電線をグルグルと何十もの輪っかにして、中に磁石を通して動かすと、その移動量に従い周りの電線に電流が流れることを、1880年頃に発見した奴です。
 理由は知りません。この世を造った神様が決めたことです。
 中の磁石は、そよ風にも揺れるくらい優しく固定しておけば、受けた“音の波”でもブルブル揺れて、電線に電流が流れるのです。

 ならばもしかして、逆に、輪っかの電線に電流を流せば、中の磁石が動くんじゃないかと試してみたら、しめしめ案の定そうなりました。
 おそらくこの時、フレミングはガッツポーズをとって「イエィ」と叫んだと思います。見てはいませんが。
 しかも、電流によって動かされる磁石の力は、空気を震わすほどに力強かったのです。
 これが、マイクとスピーカーの原理なのです。

 電流ならば、通信は簡単です。
 音で磁石を揺らし、輪っかに流れる電流の強弱に変えて伝達し、その先で輪っかに同じ電流を通して磁石を動かすことができます。
 又、便利なことに電気は増幅することができるのです。
 磁石の振動で得られるのは小さな小さな電流ですが、それは増幅することで、鉛筆の先や尖ったナイフの先をも動かすほどの逞しい力になりました。
 そうやって、円筒や円盤に力強く“音の波”を刻んだのが、蓄音機でありレコード盤になるのです。

 今度は逆を辿って、円筒や円盤に刻まれた“波”に沿って磁石を動かし、電流に変えて別の機械(スピーカー)に伝達し、 再び磁石を震わせ空気を振るわせれば、そこに音楽が流れるという寸法なのです。

 どんな巨大な拡声器も、耳にすっぽり入るイヤホンも、例え板状のフラットスピーカーであっても、その中では必ず磁石が震えているということです。

 もしも、いにしえのあの日、フレミング君が左手を怪我していたなら、バッハもモーツァルトもビートルズも後世に名を残すことはなかったのかもしれません。  


●デジタルとアナログ●
目次

 基礎講座はこのくらいにして、いよいよ『CD対レコード』の対決に突入しましょう。

 CDとアナログの根本的な違いは“デジタル”と“アナログ”の違いに集約されます。
 今回の件につきましては、それは“複写方式”の違いということになります。
「どんな違いじゃい。難しいこたぁ判らんぞ」
 はい承知しました。
 できる限り判りやすく解説しましょう。

 まず、頭の中に1升1o画の方眼紙を想像してください。
 文房具屋に売っているA4版程度ので構いません。
 そこに今、貴方は黒いペンで頭に浮かんだ絵を描きました。
「何を描いたんじゃ?」
 うるさいので、遠くにいるとことん兄さんに、同じ絵を描いてもらいましょう。
 さて、あなたはどうしますか?

 電話をかけて、絵の内容を説明するか、又はそれが文字ならばその字を読んで教えますか。 でも、絵の大きさも形も、線の太さも配置も伝わらないでしょう。
 いずれにしてもこの方法で、とことん兄さんが同じ画像を再現することは不可能です。
 しからば、原画を郵便で送り、とことん兄さんは、その絵に薄い紙を載せて線をなぞれば、同じ絵を描くことが出来ます。
 問題となるのは、とことん兄さんの描写技術です。ガサツで不器用なこの男が、正しく模写できるとは思えません。
 しかし反面、偏執的にこだわる人の手にかかれば、ほとんど目には見えない薄い染みや些細な筆の跳ねに至るまで、再現精度は無限となります。
 これがつまり"アナログ"の複写方式です。

 頭のいい人が、とことん兄さんにも出来る、もう一つの複写方式を考えました。
 絵を描いた用紙は方眼紙でしたね。
 まず、原画の方眼紙の升目に縦と横に番号を付けます。
 そして、方眼紙の上で、絵や文字で黒くなっている升目を、縦軸と横軸の数字で順番に拾い出します。
「23-34 23-35 24-24〜」てな具合です。ただし、文字や絵の端の方は四角い升目が全部黒に塗りつぶされているとは限りませんので、 面積の半分以上が黒ならその升目は黒、少しだけ黒いのは白と決めておきます。
 ですから、原則として1o方眼の半分以下の小さな黒点とかは、なかったものとして無視されます。

 次に、とことん兄さんに原画と同じ仕様の無地の方眼紙を用意させて、同じように縦軸横軸に番号を付けさせます。
 そして、拾い出した番号を電話で伝えて、該当する升目を順番に黒く塗りつぶしてもらいます。
 根気のない男なので途中で飽きる危険はありますが、作業にほとんど頭は使いませんし、機械的に四角を塗りつぶしていくだけなので、 誰がやっても、不器用なとことん兄さんでも、まったく同じ画像が出来上がり答は一つしかありません。
 逆に言えば、いくら匠の技術で頑張ろうと渡された数値以上の精度向上は物理的に不可能ということでもあります。
 これが"デジタル"の複写方式です。

 “デジタル”は、あくまでも黒い四角を並べただけなので、斜めの線や曲線は何処まで行っても階段状のギザギザでしかありません。
 1o程度の方眼ならば、ギザギザが見てわかりますが、デジタル方式のCDは、 人間が目に見ても判らない程の細かい升目に規格が統一されています。
 縁のギザギザも、人間が見て判らなければかまわんでしょ、という姿勢です。

 違いをお判り頂けたでしょうか。
 “アナログ”は、あくまで現物を送って目で見ますが、“デジタル”は口で数字を伝えるだけで複写が出来るのです。
 レコードは、盤面に“波”そのものを刻んでいて、CDは数字だけを伝えています。


●デジタルという名のCD●
目次

 さてそれでは。
 CDディスクのキラキラした盤面には、いったい何があるのでしょうか?

 CDはデッキの中でクルクル回るのはご存知でしょう。
 ですから、基本的には同心円螺旋状の一本の線です。
 レコードは外側から内側へ進みますが、CDは逆に内側からスタートします。
 CDの一本の線の上には、単純に同じ深さの窪みが凸凹と並んでいるだけです。
「数字じゃねぇのかよ。さっきと言ってることが違うぞ。うそこき」
 はいはい。これから説明しますよ。

 話を、少し戻しましょう。
 ある“音”が“波”の画像に出来ることを、さっき説明しましたね。
「忘れたがや」
 それでは、とっとと『音を写す』 の項へ戻って、顔洗って出直してらっしゃい。

 次に、“画像”をデジタルの複写技術で、数字に置き換えられるととを、さっき説明しましたね。
「忘れたがね」
 それでは、とっとと『デジタルとアナログ』 の項へ戻って顔洗って出直す前に、ハナからやる気がねぇんと違うか?バケツ持って廊下で立っとれぃ。

 真面目な方だけで話を進めましょう。
 ある“音”から作られた“波”のグラフを、一枚の絵として思い浮かべてください。
 縦軸は大きさで、横軸は時間です。
 波が一度上がって下がって元の位置に来るまでが波の『一周期』で、  一秒間の周期の数、つまり波の数が『周波数〜ヘルツ』ということです。
 音楽の曲調により、波は長く短く高く低く不定期に連続する画像が想像できたでしょうか。
 これを、デジタル技術により別の紙に写すことにします。

 方眼紙の上で、波の線が通過した升を縦軸横軸の番号として拾い出し、 別の方眼紙の升目を機械的に埋めていけば、同じ“波”が再現されることになります。
 ここで、最も重要となるのが、この升目の細かさです。
 たとえ四角の寄せ集めでも、それが細かくなるほど画像の曲線はなだらかになり、画像の取りこぼしは減ることはお判りでしょう。
 そして、升目を拾う方と升目を埋める方の両者が使う方眼紙が、完璧に同じものでなければなりません。
 あたりまえです。
 拾う方と埋める方と方眼紙の寸法が違っていたら、数字で升目を埋めてもでたらめな画像しか出来上がりません。

 家電業界の先人たちは、世界中の開発者で喧々囂々話し合い、1979年に方眼紙の世界統一規格を決定しました。
 一般的な音楽CDの規格は44.1kHz(キロヘルツ) 16bit(ビット)とされています。 それは、1982年に初めて発売されたCDから、今日発売される新譜も、世の中全ての音楽CDは同じです。
 CDデッキも、音楽CDが聴けるパソコンも完璧に同じ規格に準じているので、勝手に違う規格でCDを作ったら、 いくら根性決めても絶対に聴くことができません。
 (一部、SACD、DVD-audio等別規格の音楽CD製品もありますが、これは後ほど解説します)
「数字が出てくると、わけわかんなくなるんだよなぁ、俺」
 とことん兄さんのボヤきが聞こえるようです。
 意味や根拠はこの際ど〜でもよろしい。
 順次解説しますので、数字は覚えなくても構いません。

 さしあたり、一秒間分の音楽データを考えてみましょう。

 これはつまり、一秒間の波グラフを方眼紙の横軸44100X縦軸65536の升目に区切っていると考えてください。
 簡単に解説しますと、これ以上目が粗いと升目のギザギザが目立ち、正確な波画像が復元できない危険があり、 逆にこれ以上細かくするのは技術的にも予算的にも困難だし、そもそも
「これ以上頑張ったところで、ど〜せ人間にはわかんないから、ここらで手を打っとこみゃぁ」
 てな理由です。
 先にも述べましたが、人間が“音”として認知できるのは20Hz(ヘルツ)から20,000Hz(20キロ・ヘルツ)とされ、 CDの規格はこの可聴範囲を網羅しています。しかし、可聴範囲外の音は、物理的に絶対出ていません。
「それが、ど〜したちゅうんじゃい?関係なかろう」
 ま、いいでしょう。そのことを記憶の片隅にでも覚えておいて下さい。

 1ミリ方眼紙だとすれば、用紙は44メートルX65メートルの大きさになります。
 市営競技場の小さいサッカー場タッチラインを少し短くしたくらいですね。 この方眼紙、上質55kg(四六判換算)を運ぼうとしたら、いくら折り畳んでも10トントラック一台では過積載となり、おまわりさんに違反切符を切られます。
 しかし、数値にすれば膨大な量にはなりますが、原則パソコンのメールでも送れます。
 方眼紙に縦横番号振って、並の線が通過する黒い升目を拾って“4250X3450 4250X3455 4250X3600〜〜”と一升ずつ数値化します。
 そして、画像本体ではなく数値だけを先方様に渡し、複写側は別のサッカー場に同じ規格の無地の方眼紙を広げて、 数値に従い升目を埋めていけば、誰でも確実に同じ波画像が再現されるというわけです。

 さてここで、とても重大な事実を発表しなければなりません。

   デジタル信号というのは、1か0、○か×、有か無、白か黒の二種類しか使えないのです。
 “○○×○×××○○○×○○×○×○○×〜〜”
 例えば、こんなことしか伝えてはいません。
 そこには、1と0以外の数字も英字も漢字も絵文字も一切、ないのです。

 CDの記録面も、螺旋の線に沿って窪みが並べてあるだけです。
 何故だと問われれば、それが単純で簡単で確実だからです。
 有るか無いかだけの情報なら、寝起きのとことん兄さんでも間違えようがないでしょう。

「だったらよぉ。さっきの升目を伝える数字はど〜すんだよぉ」
 イラついて文句言う人がいるかもしれませんね。
 その通り、デジタル・データは1と0しかありません。
 数字は全て“二進法”に変換しています。

 

●デジタルという名のCD(U)〜二進法●
目次

「二進法?何じゃそれ」
 昭和生まれの人なら、中学2年で学習している筈ですが、平成14年に学習要綱から削除されたそうで、平成生まれの人は知らなくても無理はありません。
 とことん兄さんが習ってないわけはないので、知らないのは数学の時間に寝てたからでしょう。

 少々お時間を頂き、“二進法”について簡単に解説しましょう。

 ここにリンゴがあります。
 10個入りの箱があります。
 リンゴが1個から9個までは、数字を一つしか使いません。一桁ということです。
 もう一つリンゴを追加すると、リンゴは10個になりました。
 おやおや、よく見れば数字が“1”と“0”の二つになってしまいましたね。二桁目を使わなければなりません。
 そうです。10個になると桁がひとつ上がるのです。
 一桁の箱にはリンゴが10個しか入らないので、一杯になったら隣の二桁目の場所に動かして、新しい空“0”の箱を一桁目の場所に置きます。"10"ということです。
 次に、同じように90個のリンゴを追加していった場合、二桁目の場所には10箱しか置けないので、リンゴ10個入りの箱が10箱一杯になったら、更に隣の3桁目の場所にまとめて動かします。 リンゴ100個ということです。
 これが、私たちが使い馴染んでいる“十進法”という奴なのです。
「おう、それくりゃぁわかるがや」
 そりゃそうだろう。

 それでは、二進法はどうでしょう。
 この箱にはリンゴが2個しか入らないのです。
 一桁目の箱にリンゴが二つ入ったら、もう隣の二桁目の場所に動かしてしまい、一桁目に空の箱を置きます。
 これをリンゴの数に換算してみると、リンゴ1個は“1”ですが、リンゴ2個の場合は“10”となります。
 さあ、少々難しくなりますよ。
 ここに、更にリンゴを3個追加してみましょうか。全部で5個ということです。
 まず、1個。
 一桁目の箱は空でしたので普通に入れます。これで“11”となります。
 もう1個入れると、一桁目の箱は2個で一杯ですので、次のを入れるために隣に動かして空の箱を置きます。
 するとどうでしょう、隣の二桁目が二箱になってしまい、もう一杯です。それぞれの桁の場所には2つ分しか置けないのです。
 仕方がないので、まとめて1箱にして更に隣の三桁目の場所に移動します。これで一桁目と二桁目の箱は空になりました。
 今、リンゴは4個です。場所を見てみれば“100”になりました。
 それでは安心して、もうひとつリンゴを入れましょう。
 一桁目の箱は空でしたので“101”ですね。リンゴが5個は“101”ということです。
 こんな具合に桁を上げていくのが“二進法”の数表記で、単純に繰り返せば全ての数値を二進法で表すことが可能となります。

“3=11、5=101、9=1001、15=1111〜〜”てな具合です。

 さあ、これで全ての数字を、1か0、○か×、有か無、白か黒の二種類で表現できることがわかりました。
 CDのディスクは、一本の線の上で窪みをつくり“平ら”か“凹んでる”かの二種類を並べて、あらゆる数値を記録しているのです。
 膨大な桁数になりますが、ともかく、わずか一秒の情報といえども、想像を絶するとてつもないデータ量を駆使して、正確に伝達しているのです。
   恐るべしデジタル技術、ですね。

 この方法により“音の波画像”は人間の聴き取れる範囲で確実に記録伝達できるのです。
 そう、あくまでも“人間の聴き取れる範囲で”です。


●デジタルという名のCD(V)〜補正●
目次

「でもよ。ちょい待てや〜」
 はい、とことん兄さんの疑問はわかります。

 単純に凸凹がズラズラ並んでるだけで、数字が判るものか?
 どこからどこまでが一つ分とか、どれが縦軸の数字かとか、ど〜やって判別してんだ?
 そんな疑問ではないでしょうか。

 そこには、多くのテクニックを駆使しているのです。
 本筋と外れますので詳細は割愛いたしますが、ひとつだけ
「おみゃさん、偉いなぁ」
 と、思わずCDを褒めたくなるテクニックの例をご紹介しておきます。

 CDはご覧の通り、どえらい速さで回転しています。
 線速度としては一秒間に1m20p〜1m40pで、凸凹は1ミリの中に2000個ほどありますので、 つまり1秒の間に240万個近くの凸凹を読み取っているということです。
 作るほうが、どれだけ卓越した最先端技術を駆使しようと、実際に使うのは結局庶民ですから、 いくら「丁寧に扱ってね」とお願いしても、揺れる車内でも使いますし多少の傷は付きます。
 それでもCDって奴は、ほとんど正常に再生されてますよね。
 なぜなら、ある程度の読み取り失敗も想定された仕組みが付いているからです。

 例えば、先にも述べました二進法で“1111”の最初の“1”を読みきれず“?111”となると、 10進法では“15”か“8”となり、音声画像は大きく変わってしまいます。
 波の画像が変わってしまえば、当然再生される“音”も違うものになってしまいます。
 そこで、CDではブロックごとに区切って補正信号というものが挿入されているのです。

 6人で合コンをすることになりました。
 面子は男を○、女を●として“○○○●●△”という信号を受取りました。
 ディスクに傷があったようです。
「おいおい、最後の一人、あいつぁ女か男か?」
 そんな経験は誰にもあるでしょう。
 間違って口説いたりすると、その後には大惨事が待っているのは確実です。
 CDデッキも、あまりに“微妙に綺麗な佇まい”に戸惑うことがあるのですが、 CDディスクは安心です。予め、幹事にこんな通達がしてあるのです。
 『今回のコンパは男4人と女2人』

 非常に乱暴な例えですが、つまりその“通達”が“補正信号”というわけです。
 おかげで、いくら別嬪に見えようと「奴は男だ」と確信して、悲劇を回避できるのです。
 同様に『本日は4名さまの女子会』という補正信号があるのに"●●○●"なんて信号が入ると、 即座に「あいつをつまみ出せ!」てな具合にノイズ除去を施しています。

 CDにはブロック毎に補正信号が挿入され、読み取りエラーがあった場合には、 瞬時に補正信号から計算して、正しい信号に置き換えているのです。
「マジかよ。スゲエなCDて」
 マジです。
 スゲエのです。
 どちらかといえば、CDよりも必死に計算させられるCDプレーヤーのほうがスゲエのかもしれません。
 その他、CDの各種デジタル記録については人知れず影で巧みな技術が使われていますので、 興味がありましたらお調べいただけば面白いと思います。

 しかも、それは特別なことではなく、CDが始まった時から現在まで、更には 限定高音質盤から量販店の廉価盤まで、全ての音楽CDに規格として漏れなく記録されているのです。

 CDはたった一秒の音楽で、約120万個の凸凹を読み取ります。
「一秒で120万個も読めるもんかい。信じられんぞ俺わ」
 大丈夫です。
 凸凹を読み取るプレーヤーの、レーザー光線の速さは秒速20万キロメートルを超えます。
 てことはつまり、凸凹の穴一つ読む間に160メートル先まで行けるのですから、鼻歌まじりの散歩でしょう。

 因みに、CD一枚には74分程度の音楽が収録できます。
 これはつまり、74分X60秒=4440秒ですから、サッカー場4200面分の1o方眼紙の画像情報を約53億個の凸凹にして、一枚のCDに収録していることになります。
 もはや数字がデカ過ぎて見当もつきませんね。
 更に因みに、サッカー場4200面分は、新潟県の広さに匹敵します。
 ど〜でもいい情報でした。  

 ついでに雑学をひとつ。
 CDの収録時間は規格74分で、そのデータ記録に必要だからとディスクの直径が12pになりました。
 なんだか時間が中途半端な理由は、カラヤンが自分が演奏するベートーヴェンの交響曲第9番"合唱"を一枚に収録したいと進言したのを、 ソニーの大賀氏が「よっしゃ、んじゃそ〜する」と採用したからだと言われています。
 真偽は定かではありませんが、カラヤンがせっかちな人だったら、CDのディスクはもっと小さくなっていたかもしれません。
 この情報も、まったく意味はありません。

 ところで、日々進化しているいわゆる『高音質CD』につきましては、 後ほどあらためて言及してみようと思います。  


●アナログという名のレコード●
目次

 フレミング君のおかげで、レコードも“音の波”を画像化していますが、デジタルのように数値化はしていません。

 波を波のまま、盤面の螺旋溝に刻んでいるのです。
 だから、虫眼鏡や顕微鏡で盤面を見ると、溝はグニャグニャに波打っているのが判ります。
 この溝の間を走る針をグニャグニャと揺らして再び電気信号にして、スピーカーの磁石を揺らすことで音を出しているわけです。

 若い人たちはレコード盤を見たこともないという人がジワジワ増殖しているようですので、まずは基本的構造から確認しておきましょう。

 レコード盤には、一般的に直径30cmの大きいの(LP)と17cm(シングル)があり、それぞれ回転数が違います。
 一部例外を除き、LPは1分間に33 1/3回転(3分で100回転)。
 1秒では約半回転強。外周では1秒間に直線距離にして50cm程度を進みます。 つまり、長さ50cmの溝に1秒の“音の波”が彫ってあるというわけです。 回転数は終始同じですから、直径が小さくなる内周部では、一秒間の走行距離は15cm程度にまで縮まり、線速度は遅くなるということです。
 シングルは1分間に45回転ですから、1秒に3/4回転で、外周直線距離にして40cmの長さに一秒間の波が刻まれています。
 LPよりも距離が長いということは、その分詳細な情報が刻まれます。

 因みに、CDは高速回転するので、サッカー場のデジタル・データを一秒間1m20p〜1m40pの長さに納められています。
 又、レコードと違いCDは常に一定の速度でデータを読み取る必要があるため、円周直径に従いコンピューター制御で回転速度を変化させています。 外周ほど移動距離が長くなりますので、遅く回転するということです。
 まったく、CDプレーヤーはいろんなことをさせられているものです。
 両者の一秒あたりの読み取り距離を比較しますと、レコードはCDに比べて3分の1程度しかありません。
「そんなに短くて、大丈夫なんかぃレコードの奴ぁ」
 大丈夫なのですよ。ご安心ください。

 レコードの溝にあるのは“数値データ”ではなく“音の波画像”そのものなのです。
 原本と同じ滑らかな曲線なのですから、二進法に変換した膨大な数値や補正信号などが一切必要ありません。
 あるものをそのまま記録するなら、50cmで充分ってことです。

 ですから、冒頭でも提言しましたが「レコード盤を指でなぞって音楽が聴けるか」という問いに対して、アナログ盤は実は聴けるのです。超能力は必要ありません。
 “指”の例えは少々極端ですが、子供の工作紙細工でレコードプレーヤーが作れますし、 実際、当時の子供向け月刊誌の付録に、ボール紙で作るレコードプレーヤーなんてのが付いていたのです。
 簡単に言えば、溝の振動を大きくして空気を振るわせればいいだけです。

 具体的には、音を大きくするために紙を丸めて円錐形のラッパを作り、その尖った先に針を固定して、 出来るだけ振動を消さないようにラッパを軽く持って、時速1.8qの速さで針先でレコードの溝をなぞれば、震えるラッパから音楽は流れます。
 もちろん電気はいりません。ただし、完全に同じ速度で円を描ける超人的能力が無ければ、正しい音程は保たれません。
 アナログプレーヤーの基本構造は、針側を固定し、下のレコード円盤をモーターで等速回転させることで、 人の超人的能力を簡単に代行しています。そしてプレーヤーは、ほぼそれだけが仕事の半分を占めています。

 というように、レコード盤は極めて単純な構造であり、単純なものほど精度保持が容易なのは世の道理です。
 野卑でガサツな奴ほど純粋で優しい――ちょっと例えが違うでしょうか。

 CDプレーヤーは、内部にとてつもなく頭がよくて計算の速い奴がいて、精密に読み取った○×のデジタル信号を必死に演算して波の絵を再現して音にしていますが、 レコードプレーヤーは単純に波に身を任せ拡大増幅しているだけなのです。
 作業環境としては、最先端IT企業の洒落たオフィスと浜辺のゴミ拾いくらい、違いますね。

 そして、ここにこそアナログ信者の錦の御旗があるのです。
 決められた方眼紙みたいな各方面の雑多な約束事がないので、波画像の記録に制限がありません。
 ということはつまり、本来人間には聴き取れないとされる“音の波”までもが、理論上アナログ・レコードには記録されているといわれます。
「聴こえないんなら、意味ねぇじゃん」
 まあいいから、黙って聞け。

 本当にそうでしょうか。

 例えば、高圧電線の近所に住んでいると、電線がが発する耳に聴こえない高周波で、体調を崩すこという話を聞いたことがありませんか?
 ならば、その逆だって当然有るはずです。

 想像してみてください。
 眼を閉じて。
 音が聴こえなければ、そこが屋外か室内か判らないでしょうか。
 同じ風を感じていたとしても、音がしなければ、そこが大都会の真中か、森の中かわからないでしょうか。
 暗闇の中なら、生演奏とスピーカーの区別は出来ないでしょうか。
 聴こえるはずのない、演奏者の小さな吐息は、はたして無意味でしょうか。
 空気の揺れは、耳に聴こえるものだけが全てでしょうか。

 いささか極端ではありますが、つまりはアナログレコードの音とはそ〜ゆ〜ことなのです。

 デジタルは、規格外の聴こえない空気は、物理的に絶対再現しません。
 アナログは、聴こえない空気を揺らしているかもしれません。
 それをどう感じるかが、レコードのキモとも言えるのではないでしょうか。


●対決!CD対レコード(T)●
目次

 CDには、物理的な雑音がありません。
 当然です。データにない音は一切存在しないのです。
 ディスクの汚れや傷は、雑音にはならず音が飛ぶか、そもそも音が出なくなります。
 CDで、もしノイズが発生したら、それはプレーヤー側以降の機材パーツによる電気的障害でしょう。

 レコードの雑音は避けられません。  物理的に溝の揺れを針で拾うのですから、僅かな埃にも引っかかって“音”になりますし、 塩化ビニール樹脂をサファイヤやダイヤモンドで擦るのですから、削れて劣化します。
“レコードのプチ・ノイズも味だ”というのは個人的な嗜好に過ぎない為、必ずしもレコードの優位性を主張することにはなりません。
 しかし、レコードには、録音したその時の空気を切り取った“耳に聴こえない音”が、あります。

 レコード・ジャケットは大きくて(30pX30p)、インテリアとして飾れば、お部屋が映えます。
 CDジャケットは小さいから、壁や卓上に飾ってもメモと見間違う程度に貧弱です。

 CDは取り扱いが楽です。
 小さくて嵩張らないし、よほど無造作に扱っても、まず音に影響はでません。
 再生機さえあれば、車内や外出先に持ち出して、いつでも気軽に聴けます。
 聴きたい曲を即座に簡単に聴けるし、いらん曲はボタン一つで飛ばすことも可能です。
 ですから、CDで聴く音楽は、おのずと軽くなります。

 レコードは面倒臭い。
 大きくて場所を取るし、粗雑に扱い汚れたり反ったりすれば如実に音が劣化します。
 レコード・プレーヤーの設置してある、決められた部屋の中でしか聴けません。
 片面30分足らずでいちいち裏返したりせねばならず、プレーヤーの針を置いたり、聴きたい曲の頭に針を置くだけでも苦労します。
 そうまでして、あえてレコードで聴く音楽は、意識的にも重いものになるでしょう。
 苦労して手に入れた物や行った場所、土砂降りの中の運動会などは、より記憶に残るものです。

 同じ曲も、CDよりレコードで聴いた方が、手間かけた分だけ集中力が違い、心に澱むことは確かです。
 澱むのがいいのかどうかは聴く方夫々ですが、少なくともアナログを聴いて育った世代は、 聴いてきた歌に対する執着と愛着が、CD世代に比べて遥かに高いのは事実です。
 どうせ聴く音楽なら、心に刻み込まれた方が得だと、単純に思います。

 音楽にどう対峙するかは個人の勝手です。
 軽く聞き流すことを好む人にとっては、曲の深みや聴き所などの薀蓄垂れたってウザいだけなのです。
 それは音質とかは、まったく次元の違う話です。



●対決!CD対レコード(U)〜"いい音"って何だ?●
目次

 “いい音”を述べる前に、こんな例を考えてみましょう。

 ここに今、ラグビーボールがあります。
 楕円形で、落とすとどこに飛んでいくかわからない、厄介な奴です。
 このラグビーボールを、デジタルとアナログそれぞれの方法で、 まったく同じ大きさ、形の模型を作ることを想像してください。

 デジタル君は、レゴブロックを持ってきました。
 それも、市販のような大きさの物ではなく、1個が米粒より遥かに小さい極小サイズのブロックです。
 そして、ラグビーボールをあらゆる方面から計測し、曲面カーブはサインコサインタンジェント三角関数や難解な方程式を駆使し、 ブロックの必要数をはじき出して、組み立て設計図を作成します。
 その後はもう、設計図に従いひたすらブロックを積み上げていくだけです。
 目を寄せてじっくり見れば、表面はブロックの角が立ちザラザラですが、普通に見たくらいでは 見本と寸分違わぬ完璧な形状を再現しています。

 アナログ君は、液体シリコン樹脂を入れたバケツを持ってきました。
 見本のラグビーボールを樹脂の中に突っ込みます。
 しばらく待って樹脂が固まったところでぶった切り、中のボールを取り出した空間に、代わりに石膏を流し込みます。
 また、しばらく待って石膏が固まったところで周囲の樹脂を剥せば、そこには石膏のラグビーボールが現れます。
 アナログ君は、何一つ計測も計算もしていません。

 さて、ここにある“微細な精密レゴブロック製”と“石膏製”の二つのラグビーボール模型。
 想像してみてください。
 どちらが“綺麗”だと思いますか?

 そうなんです。
 答えなんて、ありません。
 どちらの完成度が高いかを比較しても、意味がありません。
 見た人の、好みだけなんです。


 同じ曲を、CDとレコードで聴き比べてみると、恐らくほとんど人は“違い”がわかると思います。
 しかし、もしレコードに“プチノイズ”がなかったとしたら、音質のみでどちらがCDでどちらがレコードかを指摘することは難しいでしょう。
 何故なら、両者の音質の違いは、必ずしもCDとレコードの差ではないからです。
「ややこしいぞ。何が言いたいのか、まったくワカラン」
 やあ、とことん兄さん。お久しぶりですね。
 まあゆっくり聞いてって下さい。

 よく巷では、「CDは音がシャープだ」とか「レコードは音が丸い」とか言われます。
 実は、それらは殆どの場合“CD”や“レコード”の特性を比べてはいません。
 聞いたCDの音が、わざとシャープに作ってあったのであり、レコードの音はわざと丸く作ってあったのです。
 例えば、同じ歌手の同じ録音の曲でCDとレコードを比べても、両者は“CD”や“レコード”になる以前の段階で、そもそも“音自体”が違うのです。

 何十年も前にレコードで発売されていた音楽を、改めてCDで発売する場合。さらにはCD同士でも新装再発売される場合は、 多かれ少なかれ“リマスター”という作業が行なわれています。
 音の違いは“CD”と“レコード”の違いではなく、それ以前の“マスター”の違いが多いのです。
 次項では、そんな“リマスター”について御託を並べてみようと思います。

 
●対決!CD対レコード(V)〜リマスター●
目次

 CDディスクもレコード盤も、その製造法は基本的に“タイヤキ”と同じです。
 柔らかい樹脂(CD=ポリカーボネイト、レコード=塩化ビニール)に、鉄の型を押し付けて反転複写しています。
 この鉄の型の基になるのが“マスター”というものです。

 レコードからCDへ、更にはCDからCDへ再発売する度に、新たに鉄の型を作り直します。
 原則として、同じ鯛の形を作りますが、その際ど〜せ作り直すんだからと、世の中の流行を鑑みたり、 型を作る職人の趣味で、鯛の目玉を若干大きくしたり、尾ヒレを長くしたりすることがあります。
 これがつまり“リ・マスター=マスターを造り直す”という作業で、型を作る職人が“マスタリング・エンジニア”という人たちです。
 “リマスター”作業に関しては、一部こだわり屋さんを除き、音楽を作ったアーティスト自身は関知していません。

 職人の趣味嗜好で「近頃シャリ音がウケてるからここは高音を上げまい」とか、「中音域がウルサイから、ちょいボヤかそか」とか、 細かく手が入りますから、違って聴こえて当たり前なのです。
 むしろ、違って聴こえるように細工しているのです。

   リマスターの基本作業は、音の掃除です。
 “掃除”は綺麗にしますけど、必ずしも本来の形に戻るとは限りません。

 例えば、本来ザラザラした木目が素敵な人形を、磨き上げてツルツルピカピカにしたとします。
 たぶん、どちらも“綺麗”だと言われるでしょう。
 良し悪しを判断するのは、見る人や磨く人それぞれの感性と価値観であり、どちらも正解なのです。

 聞いたレコードの音が“丸い”と感じたのなら、それは当時の職人がわざと“丸い音”を作ったからであり、 同じ曲のCDを“シャープ”と感じたのなら、それは“リマスター”の際に職人がわざと“シャープな音”を作ったからなのです。

 どちらが“いい音”かではなく、どちらが“個人的に好きな音”かの違いに過ぎません。
 好きな音を作った“マスタリング・エンジニア”とあなたは、音楽的志向が似ていたということでしょう。


 もう一つの考え方として
「どちらが、“製作者=アーティスト”が本来表現したかった音か」
 という議論があります。

 半世紀近く前、ビートルズが楽曲を発表していた頃には、デジタルはおろかステレオという技術さえ未熟でした。
 そんな環境の中で、ビートルズは
“アナログ/モノラルで聴くことを前提として、最も素敵に聴こえる音楽”
 を作り発表してきたのです。

「モノラルとかステレオって、何じゃい?」
 おいおい、そこからか?
 ・・・。
 ま、いい。一応説明しよう。
 モノラルとは、一つのスピーカーから全部の音が聴こえることです。
 ステレオとは、左右二つのスピーカーから違う音が出ることです。
人間は左右二つの耳があるので、差異を聞き分けることで右から左へ走り抜ける汽車の音みたいな、音の広がりや臨場感を感じることが出来るのです。
 これで、ええかい?
「なるほど。合点した。続けろ」

 話を戻しましょう。
 ビートルズは“アナログ/モノラルで聴くことを前提として最も素敵に聴こえる音楽”を作り発表しました。
 音楽愛好者の不滅の合言葉“オリジナル・サウンド”を追及するならば、あくまで当時マスターの“アナログ/モノラルの音”が“オリジナル・ビートルズ”です。
 半世紀後、ビートルズの音が他人の手によって“リマスター”が施され、抜けるような煌びやかな音になりました。
 乱暴に言うならば、それは当時ビートルズが目指した“音”ではないということです。
 価値というなら、どっちに価値があるでしょうか。
 どっちか"いい音"でしょうか。
 これにも正解なんてありません。
 趣味だけの問題です。
 ビートルズは、音楽マニアの間でも少々極端で特異ではありますが、だからこそレコード会社もこの21世紀に、 あえて当時の音に近い"モノラル盤"のCDも同時に復刻したのです。

 繰り返しになりますが、
 同じ楽曲でも、CDとレコードでは殆どの場合、マスターが違います。
 レコードだって、シャープな音を出せるのです。
 CDだって、丸い音を出せるのです。
 わざと、リマスターの際に意図的にそうしていないだけなのです。

「レコードでは聴こえなかった音が、CDでは聴こえてくる」
 その音はもともと、“大きく聴こえる必要がない”として、わざと小さく作られたのでしょう。
 “聴こえる”ことを喜ぶのは、“音楽鑑賞”ではありません。
 “実験観察”の世界です。

 純粋に音楽を楽しみたい愛好者と、音の可能性を探る探求者は、土俵が違うのですから勝負にはならないでしょう


●“高音質CD”の落とし穴(T)●
目次

 “いい音”を考えるついでに、“高音質CD”について少し発言いたします。
 CD対レコードではなく、CD対CDの話です。

 “高音質CD”は、必ずしも“いい音”ではないという、生意気な主張を繰り広げます。

 新曲新譜の販売数に陰りが見え始めた頃から、レコード会社は古い人気作品の再発売に拍車をかけています。
 有名な作品では、同じものが手を変え品を変えて軽く10種類を上回る別規格作品として世間にバラ撒かれています。
 “価格改定”や“スペシャル特典付き”や“紙ジャケット”等の特別仕様盤とかですが、 やはり最も多い再発売の謳い文句は“新規格高音質盤”て奴でしょう。

 ざっと調べてみただけで、以下の種類があります。
 『APO』ポニー・キャニオン
 『K2HD(ハイ・デフィニション)』ビクター
 『SHM-CD(スーパー・ハイ・マテリアル・CD)』ユニバーサル/ビクター
 『HQCD(ハイ・クオリティ・CD)』ユニバーサル/ビクター
 『ブルースペックCD』ソニー

※『SACD(スーパー・オーディオ・CD)』と『DVDオーディオ』につきましては、 ディスク規格自体が違い、一般のプレーヤーでは再生できませんので、 ここでは“別品種”として割愛させて頂きます。
 一般の高音質仕様は、一般のプレーヤーで再生できます。

 お手持ちのCDをご覧下さい。
 特に、アナログ世代作品の21世紀CD化盤では、上記のどれかがついているかもしれません。
 少しでも音がよくなるならばと、既に持っている同じ作品を何枚も買い直す方もいらっしゃいます。

※他にも『デジタル・リマスター』の表記があるかもしれませんが、これは本項目とは意味が違いますので、後ほどふれさせて頂きます。

 『デジタルという名のCD』の項でも述べました通り、世の中のCDは全て “44.1kHz(キロヘルツ) 16bit(ビット)”という規格に統一されています。
 それは、普通のプレーヤーで再生できる限り、量販店のワゴンで売られる廉価版も上記の高品質CDも、 日本製も輸入盤も途上国製造品も、絶対に同じです。
 この規格を変えたら、いくら祈ろうと根性決めようと、世界中何処だろうと一切音楽は聴けません。
 しかし逆に、規格を変えない限り、同一デジタル信号の精度が向上することは物理的にありえないのです。

「ちょっと待て貴様」
 はい。何でしょう?
「俺が持ってるこのCDには“20bit”と書いてあるぞ。話が違うんじゃねぇのか?」
 なるほど。  CDに“16bit”以外の表示がある場合は、それは“デジタル・リマスター”の規格であり、 CD本体のデジタル信号が向上しているという意味ではありません。
 紛らわしいのでご注意ください。これも後ほど解説いたします。
「面倒臭えなぁ」

 もうお忘れかもしれませんが――
「何のこっちゃ?忘れたがね」 
 『デジタルとアナログ』へお戻りください。

 つまり、同じ“波画像”である限り、デジタルでは老練の匠だろうと、ガサツなとことん兄さんだろうと、 まったく同じディスクしか作れないということです。

「だったらよぉ、その“高音質CD”てのは、いったい何が違うんだ?」
 そう。
 問題はそこにあります。
 エグってみましょう。

 信号そのものを変えられないならば、他を変えているということです。
 何も変えずに“高音質”とかほざいたら、昨今巷で流行っている“偽装表示”の謗りを免れません。

 “高音質”の根拠として変えているのは、“データ信号”ではなく、CDディスクの“物質”です。
 ディスクの素材樹脂を変えて、レーザー信号の透過度を上げたり、盤面のデジタル信号の凸凹を しっかりした形に変えたりしているのです。
 その目的はただ一つ
“信号の読み取りエラーを減らす”
 ためです。

 お判りでしょうか。
 もともとエラーが少なければ“高音質盤”の努力は、ほとんど無意味ということです。
 そして、CD自体もともと耳に聴いて判別できるほどのエラーなんて、そんなにありません。

 恒例の例え話です。
 とことん兄さんに、新幹線に乗ってもらいましょう。奴の眼が、信号を読み取るレーザーです。
 仕事は、車窓から見える風景を電話であなたに伝えることです。
 あなたは、奴からの連絡を聴いて風景を紙に書くのです。
 さあ、ここまで想像できましたか?
 より正確な絵を描くためには、何が出来るでしょうか。

 新幹線の路線や走る速度は決まっていることで、どうすることも出来ません。
 奴自身はプレーヤー側のレーザーなので、ディスクには関係ありません。
 そこで“高音質CD”陣営がしたことは、
 実験を、ド快晴の日に限定実施して、外の風景がよく見えるように、新幹線の窓ガラスを透明度の高い特注品に替えたのです。
 これで、よく見えるようになったでしょう。

 しかし、ここで大事なことは、奴が報告するのは家並みや詳細な街の風景ではないということです。
 思い出してください『デジタルという名のCD』
 デジタル信号は○がXの二種類しか必要ありません。それ以外は色も形も文字も数字も不要です。
 奴はただ、新幹線がトンネルに入ったかどうかだけを報告すればよかったのです。
 極端に言えば、車内が明るいか暗いか程度は、曇りの日の擦りガラスだってわかるでしょう。
 実際、普通のCDでは、普通の晴れた日に普通の新幹線を使っています。
 どの程度、差が出ると思いますか?

  「でもよ。こないだ“高音質CD”てのを聴いたら、やっぱ音が違ったぞ。俺の耳は節穴だとでも言うつもりか。無礼な奴だ」
 わかります、わかります。
 それは、前項『対決!CD対レコード(V)〜リマスター』で述べました、“マスター”が違うからです。
 上記、新幹線の例で言えば、走った時代が違うのです。区画整理で新たにトンネルを作ったからです。

 だから“音”は違うでしょう。
 しかし、それは本当の意味で“いい音”になっていますか?
 ここのところが、実は最も重要な問題なのです。


●"高音質CD"の落とし穴(U)〜デジタル・リマスター●
目次

 まず大前提として、“いい音になった”と“音が変わった”は、まるで意味が違います。

 既に知っている音楽を、あらためて“高音質CD”で聴き直した際に 「おお、ええ音になったがや」  と素朴に感じる場合には、次の二つの理由が考えられます。

 第一は、心理的影響です。
 人間には『プラシーボ効果』という心理学的作用が反映されます。
 例えば、頭痛患者に「これは特別処方した即効性の強力な頭痛薬だ」と騙して普通の小麦粉を与えると、 「だったら治るはずだ」という思い込みだけから、小麦粉を飲んで実際に頭痛が治ってしまうことがあります。
 同様に「これは“高音質CD”だから、音がいい筈だ」という先入観から、同じ音でもいい音に聴こえることは少なからず有り得ます。
 “良い”“悪い”はあくまで主観的なものですから、実際の音が同じだろうと関係ありません。 本人には確かに“いい音”に聴こえているのです。
 スタジアムで流れる賑やかなマーチはとても心地良い音楽ですが、病床や深夜に夢みてる枕元で流されたら、きっと騒音に聴こえるでしょう。
 その時その場で「いい音だがや」と主張する人を、誰も否定できません。

 第二の理由は、実際に音が違う場合です。
 確かに、レコードや初期のCDには、手のひらで口を塞いだようなモゴモゴと籠った音の作品が少なからずありました。
 高音質CDによる再発版で、スコーンと抜けた爽やかな音に変貌した作品は、枚挙に暇がありません。
 ただし、それは『対決!CD対レコード(V)〜リマスター』でご紹介したように、 ディスクを作る前の“リマスター”の効果であり、必ずしも“高音質CD”だからではありません。

 さっき、とことん兄さんが、持っているCDに"20bit"とか"24bit"とか、本来のCD規格"16bit"じゃない数字が書いてあったと難癖つけてきたのを 覚えているでしょうか。
 鬱陶しいですね。
 説明しましょう。
 21世紀以降に再発売された作品の多くには、前項『"高音質CD"の落とし穴(T)』でご紹介しました、 各種“高音質規格”ではない作品でも、“デジタル・リマスター”と表記されている作品があります。
 これは“リマスター”を“デジタル”で行なっているということです。
 『対決!CD対レコード(V)〜リマスター』の例に倣うなら、“タイヤキ”の鉄の型を作る前の過程の話です。

 “リ・マスター=音の掃除”作業は、CD規格“16bit”とは関係がありません。
 『音を写す』でご紹介しました“音の波画像”の染みや汚れを掃除する際、 修正液で潰していくアナログ方式より、ボタン一つで方眼紙の数字を消すデジタル方式の方が、簡単で確実だからです。
 “20bitデジタル・リマスター”というのは、一旦、すげえ細かい方眼紙で“波画像”の汚れや擦れを修正して綺麗にしてから、 結局は“16bit”の標準規格に変換してタイヤキの鉄板を作っています。

 つまり“高音質CD”の仕様と“デジタル・リマスター”は、まったく別の意味なのです。

 “マスタリング”技術については、あえてここでは掘り下げませんので、詳しくお知りになりたい方は、語句『サンプリング周波数』で検索してみてください。
 頭痛がするほどややこしい解説が出てくるでしょう。

 ともあれ“デジタル・リマスター”を施した再発盤CDは、確実に音が変わります。
 CDディスクの凸凹デジタル信号が、変わっているからです。
 これは“高音質盤”であろうとなかろうと、関係ありません。
 “高音質盤”として再発売する際に、“ついで”に行なっている“デジタル・リマスター”のおかげです。
 CDを再発売する際には、あえて“高音質盤”じゃないくても、ほとんど“リマスター”が行なわれています。
 ただ、“高音質盤”で再発売をする際には、あえてエゲツナイほどの“デジタル・リマスター”を施している節があります。
 実に、怪しいのです。

 レコードの時代に比べて“マスタリング=マスターを作る”技術は確かに進化したでしょう。
 ある段階で、全ての作品は一度は純粋な“音の掃除”により劇的な変貌を遂げたかもしれません。 しかし、初期のCD“リマスター”の時点で、技術は確立していると思われます。
 CDの規格を"44.1kHz(キロヘルツ) 16bit(ビット)"と決めてしまった以上、 21世紀に入ってからは“リマスター”は掃除の余地を失い、せっせと模様替えだけを行なっています。

 何故、そんな余計なことをするのでしょうか?
 理由は明らかです。
 同じ人に、同じ作品を何度も買ってもらうためです。
“デジタル・リマスター”の宣伝文句の威力が薄れたので、 次に新たな御旗"高音質"と謳うからには、如実な変化を示さねば体面が保てないという、姑息な魂胆が垣間見えるのです。

 例えば、住み慣れたお部屋のカーテンを替えただけで、とても新鮮な気分になることがあります。
 それは、必ずしも"いい変化"とは限りません。
 慣れてしまえば、やっぱ前のカーテンの方がよかったな、なんてことありませんか?

   音が変わるのは“高音質盤”だからではありません。
 "リマスター"が施されているからです。
 “綺麗な音”という意味においては、初期の一般“リマスターCD”において、既に達成されています。
 そして“高音質盤”の“リマスター”は、主に音の模様替えだけをしています。

 高音のシャリ感が好きな人も居れば、逆にチカチカして鬱陶しいという人も居ます。
 スカっと抜けた音が好きな人も居れば、ふんわりと丸い音が好きな人も居ます。
 どれも正解でしょう。
 決めるのはマスタリング・エンジニアの個人的趣味とサジ加減だけです。
「ちょいとピアノを大きくしよか」
「歌が下手だから、ほんのりエコーかけたれ」
「全体的に軽いから、ベース強めで」
 エンジニアも人間ですから、夫々に個性を炸裂させたくなるのも無理はありません。

 ※因みに「このタンバリン邪魔だから、全部カット」なんて大幅な変更は“リマスター”ではなく “リミックス”と言われ、また別の作業です。
“リマスター”はあくまで、素人でも判るギリギリの範囲で実施されるのがミソです。

「これが俺にとっての“いい音”なんじゃ」
 エンジニアの、あくまで主観を主張されたら、他人に反論の余地はありません。

   そしてそれは、多くの場合“音楽の製作者=アーティスト”の意向は反映されていません。

●もう一度〜“いい音”って何だ?●
目次

 "いい音"って何だ?

 この問いに、最も説得力のある意見は
「限りなく生の演奏に近いもの」
 ではないでしょうか。

 しかし“生の音”が、必ずしも心地よく聞こえるとは限りません。
 そもそも、発表されている音楽の殆どは、録音の段階で既に様々な機械的な音処理が行なわれています。
 歌声には“リバーブ”や“エコー”がかけられ、ギターもピアノも様々なエフェクターを通しています。
 ポップス流行歌に至っては、演奏そのものがシンセサイザーによる電気音楽です。
 民謡、雅楽、クラシックも同様です。
 ライブですら、全ての音は数多くの機械処理されて会場に流れています。

 アーティストが、それこそ“いい音”だと主張していることに他なりません。
 そして、それらは全て“デジタル処理”なのです。

 “音”を聴くな、“音楽”を聴け

 そんな意見があります。
  “音楽”を“作品”として考えるのなら、アーティストが発表した音そのものが“いい音”でしょう。
“生”である意味も必要もありません。
 徹頭徹尾、電気処理で作られた音楽に“生”を追求するのは、滑稽ですらあります。
 ヘビメタ・ギタリストが作ったゴリゴリのディストーション・サウンドを、 マイルド・ソフトにリマスターして「おお、滑らかで“いい音”になった」と喜ぶなら、 それはもはや“音楽鑑賞”ではありません。


 世の中には 万人に受容れられる“いい音”なんてものは存在しません。
 個人的に“好きな音”と“苦手な音”があるだけです。
 それは、形状としての『レコード』『CD』『高音質CD』の差ではありません。
 録音した時の技術の差と、作者の意向に因ります。

 ですから、これはあくまで筆者個人の趣味になりますが、
“CD”が足元にも及ばない“レコード”作品は、少なからず存在します。
 再発“高音質CD”など遥かに凌駕する数十年前の“初期版CD”も確実にあります。
 これは、どちらが“いい音”とお勧めするものではまるでなく、その“マスター”を作った技術者と筆者個人の 音楽的感性が合致していたということです。

 古く名作といわれる作品には、レコードからCDまで数多くの再発盤が存在します。
 何度も“リマスター”が施され、それぞれ微妙に、または甚だしく音質が違います。
 どれが最も“いい音”なのかは、あなた自身が全部聴いて比べるしか、見つける方法はありません。
最新の“高音質盤”か、数十年前の“初期版CD”か、半世紀近く前の“レコード”を最も気に入る可能性だって充分ありえます。
 誰かの評判を聞いても無意味です。だって、誰かとあなたの趣味は違うでしょう。

 レコードとCDは、もともと対決する相手ではないのです。


●おわりに●
目次

 どうだい?少しは理解できたかい?
 と、訊ねようとしたら、とことん兄さんはいつの間にか涎を垂らして爆睡してました。

 どうやら、私の負けみたいですね。
 寝かせておきましょう。

 最後にひとつだけ、生意気を言わせて頂きます。

 レコードを知らない若人も、もはやレコードを見捨てた大人達も、 もし機会があれば今一度アナログ・レコードで音楽を聴いてみませんか。
 必ずしも“いい音”を保証はしません。
 携帯プレーヤーなんて便利なものは無いし、聞くまでにはそれなりの手間を要するでしょうけれど、 聴いた時には手間を乗り越えた体験も踏まえて、感動か違和感か、 きっと得体の知れない何かを発見する保証だけは、できるような気がします。

 日々の暮らしの中で、それはけして無駄なことではないと思いますが、如何でしょうか?

 
文責:中古CD 中古レコードの販売と買取り【CODA】



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